最近の学生は根性がない、は本当か
2010年3月2日
「最近の学生は根性がない」
ふとこんなセリフが頭をよぎったり、口に出したりしてはいないだろうか。
社会人となりある程度の仕事をしてきたという自負が前提となって出てくるセリフだろうと思う。
あるいは、学生に対する愛情が前提となってそう思ってしまう人も多いのではないだろうか。
採用担当者から見れば、学生を見ていて「どうしようもないな。根性が足りない」などと思ってしまうのはある意味仕方がない。
とはいえ、この認識は選考の現場にあってある種のリスクを内包している。
というのも「最近の学生は根性がない」という前提で学生を見ると、
根性がないところが目につきやすい。
これは、人間の認知機能からして当然の結果なのだ。
どのような認識を「初期設定」とするかで、見えてくるものは変わってくる。
世間的に言われている事柄を基準値としてそのまま設定する場合は、
そのことそのものを考察した上で、「世間的な見方」を判断基準として採用するかを決定する方が合理的だろう。
ここで、辞書でこの言葉「根性」の意味を確認してみたい。
■明鏡国語辞典から「根性」の定義を引いてみる。
こんじょう【根性】
《名詞》
1:その人が生まれつきもっている性質。しょうね。「-を入れかえる」
2:《名詞に付いて》あるものにそなわっている特有の性質。
「島国-・野次馬-・助平-」 ※表現:マイナスに評価して言う。
3:物事を成し遂げようとする強い精神力。「-のある人」「勝負-がある」
「最近の学生は根性がない」に該当する意味は、3にあたることは自明だろう。
では、この定義に照らし合わせて「根性がない」学生を思い起こしてみて欲しい。
さて、何人イメージできたであろうか。
加えて、自身及び社内の人間をイメージしてみて欲しい。
「根性がない」に該当する人は何人いたであろうか。
自戒を込めて言えば、先の定義に従えば何事においてもすべからく「根性のある」人というのはそうざらにいるものではない。
学生に対して「根性がない」と感じた瞬間に「我を振り返る」ステップを置いてみてはどうだろうか。
そうすれば、その言葉を語る自身、そして周囲の「根性状況・事象」を事実でもって確認できるだろう。
自身でも出来ないことをもって学生を見ることは、成熟したメンタリティーからかけ離れた行為なので慎みたい。
ここで一歩踏み込んで「根性」について考えてみたい。
少しだけ考えを進めてみると、根性を発揮するにはある前提条件が隠れていることに気がつく。
根性とは「物事を成し遂げようとする強い精神力」を意味しているのであるから、
明確な達成目標や何事かを達成すべきだとする使命感、
あるいは達成に対する責任感などが前提事実として存在しなければならないことが見えてくる。
というように、これらの前提がない以上、「根性」という評価基準を判断軸に入れることはできないことが分かるだろう。
印象論で根性を語っても、採用においては何の役にも立たない。
以上の点を踏まえ、仮にエントリーシートや面接で学生の根性レベルを見たければ、
次のような質問を学生に投げかけてみることを勧めたい。
1:学生時代においては自分なりに達成したい思う目標を掲げた経験はあるか?
2:誰かに目標を与えられ、それに同意して行動を起こした経験はあるか?
1または2の質問に対して「はい、あります」の回答が得られた時点で初めて学生の根性を測る前提ができる。
「物事を成し遂げようとした経験がある」という前提条件をクリアーした学生に対しては、
その目標とそれを達成した、あるいは達成のために奮闘努力したストーリー(エピソード)を語ってもらい、
そのレベル感を「社会人の目」を通して判断すれば良い。
これにより、学生自身の経験ストーリーからあなた自身が体感できる「根性レベル」が把握できるだろう。
「最近の学生は根性がない」
このテーマに代表される「世間ではこう言われている」を鵜呑みしたモノの見方(選考の視点)は、よくよく注意して、
選考基準など「学生を見る目」として採用すべきかどうかを丹念に考察した上で決定して欲しいと願う。
内定率が過去最悪と報道された今期就活にあって、多くの学生が多大なる時間とお金をかけて、
それこそ根性入れて「内定獲得」という目標に対して強い意志と精神力を持って取り組んでいる。
とすると、これまで以上に根性入れて本気で取り組まなければならないのは、我々大人の方なのではないだろうか。
執筆者プロフィール
ふとこんなセリフが頭をよぎったり、口に出したりしてはいないだろうか。
社会人となりある程度の仕事をしてきたという自負が前提となって出てくるセリフだろうと思う。
あるいは、学生に対する愛情が前提となってそう思ってしまう人も多いのではないだろうか。
採用担当者から見れば、学生を見ていて「どうしようもないな。根性が足りない」などと思ってしまうのはある意味仕方がない。
とはいえ、この認識は選考の現場にあってある種のリスクを内包している。
というのも「最近の学生は根性がない」という前提で学生を見ると、
根性がないところが目につきやすい。
これは、人間の認知機能からして当然の結果なのだ。
どのような認識を「初期設定」とするかで、見えてくるものは変わってくる。
世間的に言われている事柄を基準値としてそのまま設定する場合は、
そのことそのものを考察した上で、「世間的な見方」を判断基準として採用するかを決定する方が合理的だろう。
ここで、辞書でこの言葉「根性」の意味を確認してみたい。
■明鏡国語辞典から「根性」の定義を引いてみる。
こんじょう【根性】
《名詞》
1:その人が生まれつきもっている性質。しょうね。「-を入れかえる」
2:《名詞に付いて》あるものにそなわっている特有の性質。
「島国-・野次馬-・助平-」 ※表現:マイナスに評価して言う。
3:物事を成し遂げようとする強い精神力。「-のある人」「勝負-がある」
「最近の学生は根性がない」に該当する意味は、3にあたることは自明だろう。
では、この定義に照らし合わせて「根性がない」学生を思い起こしてみて欲しい。
さて、何人イメージできたであろうか。
加えて、自身及び社内の人間をイメージしてみて欲しい。
「根性がない」に該当する人は何人いたであろうか。
自戒を込めて言えば、先の定義に従えば何事においてもすべからく「根性のある」人というのはそうざらにいるものではない。
学生に対して「根性がない」と感じた瞬間に「我を振り返る」ステップを置いてみてはどうだろうか。
そうすれば、その言葉を語る自身、そして周囲の「根性状況・事象」を事実でもって確認できるだろう。
自身でも出来ないことをもって学生を見ることは、成熟したメンタリティーからかけ離れた行為なので慎みたい。
ここで一歩踏み込んで「根性」について考えてみたい。
少しだけ考えを進めてみると、根性を発揮するにはある前提条件が隠れていることに気がつく。
根性とは「物事を成し遂げようとする強い精神力」を意味しているのであるから、
明確な達成目標や何事かを達成すべきだとする使命感、
あるいは達成に対する責任感などが前提事実として存在しなければならないことが見えてくる。
というように、これらの前提がない以上、「根性」という評価基準を判断軸に入れることはできないことが分かるだろう。
印象論で根性を語っても、採用においては何の役にも立たない。
以上の点を踏まえ、仮にエントリーシートや面接で学生の根性レベルを見たければ、
次のような質問を学生に投げかけてみることを勧めたい。
1:学生時代においては自分なりに達成したい思う目標を掲げた経験はあるか?
2:誰かに目標を与えられ、それに同意して行動を起こした経験はあるか?
1または2の質問に対して「はい、あります」の回答が得られた時点で初めて学生の根性を測る前提ができる。
「物事を成し遂げようとした経験がある」という前提条件をクリアーした学生に対しては、
その目標とそれを達成した、あるいは達成のために奮闘努力したストーリー(エピソード)を語ってもらい、
そのレベル感を「社会人の目」を通して判断すれば良い。
これにより、学生自身の経験ストーリーからあなた自身が体感できる「根性レベル」が把握できるだろう。
「最近の学生は根性がない」
このテーマに代表される「世間ではこう言われている」を鵜呑みしたモノの見方(選考の視点)は、よくよく注意して、
選考基準など「学生を見る目」として採用すべきかどうかを丹念に考察した上で決定して欲しいと願う。
内定率が過去最悪と報道された今期就活にあって、多くの学生が多大なる時間とお金をかけて、
それこそ根性入れて「内定獲得」という目標に対して強い意志と精神力を持って取り組んでいる。
とすると、これまで以上に根性入れて本気で取り組まなければならないのは、我々大人の方なのではないだろうか。
執筆者プロフィール
| 古波倉 正嗣(こはくらまさつぐ) ヒューマンキャピタル・イニシアティヴ代表 ヒューマンキャピタル・イニシアティヴ代表、(株)マンゴーズ シニアアドバイザー、国際ディベート学会公認 ディベートトレーナー。現在、企業、官公庁研修所、自治体等 において、「思考力強化/コミュニケーション力強化」をテーマに、問題解決手法、論理的思考法、ディベート(日本語/英語)、プレゼンテーション(日本語/英語)、ビジネスラ イティング(日本語/英語)等、様々なプログラムの開発及び指導を行う。企業研修も多く人事との交流も深い。学生向けの就職活動支援セミナー講師歴は約15年になる。 問い合わせ先: ![]() |



