• 約3ヶ月ぶりに東洋経済にコラム原稿を提出した。

     忙しかったのもあるが、

    「企業変革を起こせるようなパワーある人材を採用するためにはどうすればよいか。」

    という問いに対して、自分なりに納得のいく考察をしたかったから。という理由が大きい(担当のNさん、迷惑をかけてごめんなさい)。3ヶ月たって、自分の中でなにか吹っ切れたものがあったのか、すいすい書けた。企業変革を起こせるような優秀な人材を採用することって、きっと思ってるよりも簡単でシンプルだ。

     まだ、掲載は先になると思うが、是非多くの人に読んでもらいたいと思う。
     
     コラムに書かなかったことがひとつある。優れた人材を採用するのに「優れたミッション、ビジョンが必要である。」という提言だ。僕は心躍らせ、社会に価値を生み出す優れた理念のようなものが必ず必要だと思うのだが、そこに関してはまだ論理的に説明できないので、今回は記載しなかった。優れた理念があっても、つぶれてしまう会社もあれば、理念がなくともそこそこ儲ける会社もある。理念がしっかりしていることはいいことだが、さすがに世界に冠たる大企業になると、社員一人ひとりへの理念の浸透度って薄くなるんじゃないかな。と思ったり。

     ここはおいおい考えていくこととしよう。

    —-

    さて、本題。東洋経済のコラムの最後に次のような一文を載せた。

    —-

     優秀な人材を採用するのが本当に難しくなったと思う。
     小回りが利かず、意志決定に時間がかかる企業であればなおさらだ。

     3億年前~7000万年前に栄華を誇った「恐竜」が何故、絶滅したかご存じだろうか。隕石の衝突による寒冷化が主たる原因と捉えられているが、それは今回の経済危機のように「外部要因」であり表面的な問題に過ぎない。

     恐竜という繁栄を謳歌した種が一匹残らず絶滅した、真の問題は恐竜の内部構造にあったといわれる。変温動物である弱点を補うために2億年かけて進化させてきた「大型化」と大型化に伴う「長寿命」が隕石の衝突による環境変化の影響を何倍にも増幅させてしまった。長寿命であったが故に、進化のスピードが当時小動物であったほ乳類の何十倍も遅かった。結果、環境の激変に適応できず、絶滅してしまった。

     業績が悪化している企業もあるだろう。ただ、その悪化による原因を外部に求めているだけであれば、企業の存続はままならない。いつも、真に重要な問題は自らの内部にある。そして、内部をかえることが出来るのもまた、内部のものだけだ。

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    戦略立案の基本は、外部環境分析と内部環境分析にあるが、この二つはそれぞれほんの少しずつ性格が違う。明確に書籍に書いてあるものは皆無といっていいが、優れた経営者は本能的に知っていることだろう。これから事業創造や事業変革に取り組む人はぜひとも覚えておいて欲しいと思う。

     事業の成否は8割が外部環境で決まる。
     書籍によっては、上がりのエレベーターに乗る。という表現を使っているところがある。
     フォローの風や、波に乗る。という表現を使う企業もある。
     この外部環境を読むことのパワーは、ある優れた経営コンサルタントの言葉に的確に表されている。

     「様々な経営者を見てきた。そして一様に優秀だった。しかし、優秀であっても事業が失敗することもあれば、馬鹿でも成功することもある。どこに違いがあるか調べた結果、成長市場でビジネスを展開していたかどうか。だけだった。」

     事業を拡大するとき、その成否は8割がた外部環境で決まる。
     それはそうだろう。自助努力で出来ることは限られている。むしろ、自助努力するのは当然だとも言える。
     自助努力した上で、その努力を後押しするような風や波に乗れているかどうか。これが企業の急成長・拡大を実現できるかどうかの差となる。

     さて、それに対して、「危機への対処」という観点ではどうか。
     事業の創造・成長段階での成否は8割が外部環境をどこまで読みきり、利用するかにかかっているが、
     実は危機が起きたときの対処は逆で8割が内部の自助努力にかかっている。
     経営環境が悪化したときにいち早く次のビジネスのネタを発掘できるか、どうか。
     徹底的なコスト削減によって、厳しい経営環境下でも利益を上げることのできる体質を築けるか、どうか。
     全て、基礎体力というか企業の内面をどこまで強化していたかにかかっている。
     (だから、ネットバブルとか不動産バブルとか、様々な業界が一気にふくらみ、そして淘汰されていくのだ)

     故に、だからこそ、

     外部環境を読むのに優れた人材は攻めに向き、
     内部環境を整えるのに優れた人材は守りに向く。

     これからの経営戦略家たちに、この言葉がいくばくかの参考になればと思う。

  • あるセミナーで講師を依頼された。引用したい文章・文献があったのだけれど、何という書籍にかかれていた文章だったか忘れてしまった。そんなとき、社内のブログに気になる書籍や文章を書きとめていたことを思い出し、検索。すぐに探していた本を見つけだした。

    本を読んで気付いたことや、記録しておきたいことをまとめる作業は大変だけれど、知識の定着という面では役にたつ。これから機会があれば、こちらのblogでも本を読んで覚えておきたいことをまとめていこうと思う。

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    教育×破壊的イノベーション

    というわけで、今日、記録しておきたいと思ったのは、「教育×破壊的イノベーション」
    。現代のイノベーション理論の第一人者といえる、クリステンセン氏による「教育」のイノベーション理論だ。引用、記録しておきたい部分は数多くあるが、まずは下記の一文。

    日本企業が1970年代と80年代にアメリカの競合企業を追い抜いていた理由として決まって挙げられたのが、日本の人口はアメリカの四割でしかないのに、数学・科学・工学を学ぶ生徒がアメリカの四倍もいるという説だった。
    しかし日本が繁栄を遂げると興味深いことが起こった。理工系志望の学生や、理工系の学位を取得する学生の割合が、この20年にわたって低下しているのだ。何故、こんなことが起こっているのだろうか?

    ~中略~

    途上国が製造業を基盤とする経済を発展させるとき、生徒は科学・数学・工学を学ぶことで、貧困からの脱出を保障する大きな見返りを得ることができる。だが同じ国が安定と繁栄を実現すれば、生徒は自分が楽しいと感じ、自発的動機づけの持てる科目を、より自由に学べるようになる。

    そんなことから、奇妙な話だが、自発的動機づけをもてるような方法で教えられていない科目にとって、繁栄は敵になることがある。これが技術的優位がまず日本に移り、続いて中国とインドに移っている主な理由なのだ。

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    以前、私自身も理系学生の理系就職離れに関してのエントリを書いたことがあるが、この本ではより汎用的に「技術優位」が大国から発展途上国に移る様が描かれている。

    現在の「ものづくり大国」としての日本は、軍事・宇宙開発等の一部技術を除き、多くの分野で日本は世界のトップの技術を保有している。しかし、一方では中国等への民間での技術移転も急速なスピードで進んでいる。日本の技術の粋を集めたエレクトロニクス分野の移転も進んでいるため、早晩中国と日本の技術レベルは並ぶだろう。(アメリカの軍事・宇宙開発技術のように、日本企業が手放したくないコアな部分に関してはいましばらくは大丈夫だろうが、国防技術に比べて外部に流出するのは早いだろう。)

    もし、日本が「ものづくり」の道を維持しようとしているのであれば、「ものづくり」に興味・関心のある学生が自然と増えるように教育・就職の面での改革を急がねばならないと感じる。
    科学・数学・工学等の分野に関して学ぶのが楽しくなるように教育のあり方を変えるという「自発的動機付け」に加え、職探し・給与面での優遇などの「外発的動機付け」も必要だろう。

    —-

    もうひとつ。
    教育×破壊的イノベーションで紹介されている、ハーバード大学の心理学者ハワード・ガードナーの多元的知能理論もメモしておく。ガードナーは「IQ」や「EQ」と呼ばれる狭い範囲の知能の定義を超え知能には8つのタイプがあるということを提唱した。かっこ内はその能力に優れた代表的人物だ。

    1)言語的知能(ウォルト・ホイットマン)
    2)論理・数学的知能(アルバート・アインシュタイン)
    3)空間的知能(フランク・ロイド・ライト)
    4)運動感覚的知能(マイケル・ジョーダン)
    5)音楽的知能(ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト)
    6)対人的知能(マザー・テレサ)
    7)内省的知能(ジークムント・フロイト)
    8)博物学的知能(レイチェル・カールソン)

    8パターンすべての知能を兼ね備えている人は少なく、多くの人は2~3の秀でた知能を持っている。ということが書籍内で述べられており、その例として、アルファベットの暗記が出来なかった少女が体を使ってアルファベットを表現することで、言語的知能の発達を促し、その分野に関しての知能を開放した様が描かれている。

    これは、私たちが外国語を学ぶ際にも使える方法で、1に優れている人であれば、「読み・書き」特に英語で日記やコラムをつづるというやり方が語学の発達を促すし、6に優れている人であれば、ガンガン話したほうがいいだろう。また、2に優れている人であれば文法から学んだほうが良いかもしれない。5であれば音楽や「聞く」という行為を通じて学ぶのが得策か。

    企業の採用活動に少し落とし込んでみると、言語・論理・数学といった1~2の知能に関しては筆記試験で見ているところが多い。それに加えて現在面接で特に見られているのは6の対人的能力と言えるだろう。

    残念ながら、それ以外の能力に関しては、それらの専門的な技能が必要とされている会社でしか見られていない。

    しかし、もし企業内で、採用・人材育成に関わる我々一人ひとりが、社員の優れている知能を発見し、その知能にあった指導方法・仕事の与え方が出来るとしたら、ひとりひとりの可能性を伸ばしてあげることが可能になるのではないか。(ひとつの能力を伸ばし、成功体験を積むと自己信頼感が高まり他の知能も伸びることが知られている。一流のスポーツ選手や芸術家に他の分野でも才能を発揮するのは、自己信頼感とそれに伴う他の分野の能力向上が関係しているのだろう。)

    もちろん、採用・人材育成に関わらないとしても、一人ひとりが個々に異なる知能を持ち、自らが得意とする「仕事」や「学び方」を知ることは、自己の可能性を伸ばし幸せを実現する近道だと思う。ジョブウェブを利用する学生にもこのようなメッセージを伝えていければと思う。

  • 今年の4月に採用支援事業部という企業の採用活動を支援する部署から、キャリア支援事業部という、学生・社会人「個人の」キャリア形成を支援する部署に移動になった。
    まぁ、ずっとやりたかったことなので、それはいいのだけれど、毎週社会人向けのメールマガジンを書く必要があって、さすがにそれは緊張する。

    よかったら、社会人の皆様、(内定者の方は卒業と同時にジョブウェブキャリアのメールマガジンが送られるので、現段階では登録は必要ないかもしれない。)ジョブウェブキャリアにも登録してください。

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    さて、本題。
    今日はキャリアメルマガでも取り上げた話題を一つ。

    CIA World Factbook によると、2008年の先進各国の経済成長率は、大変な低水準に留まったようだ。背景にはもちろん既存の金融システムの崩壊があることだろう。

    日本の実質GDP成長率は-0.4%、アメリカ合衆国、ドイツは1.3%、フランス0.7%、韓国は2.5%と惨憺たる結果だ。

    まるで世界各国が「100年に1度の不況」に陥っているかのように錯覚してしまうけれど、BRICSなどに目を向けると、状況は異なってくる。

    中国は9.8%、インドは6.8%と多少、先進国の経済危機の影響は受けているものの、実体経済に裏打ちされた力強い成長を続けていることがわかる。

    俗に、その事業が成功するかどうかは8割が市場の選択で決まる。といわれているが、国全体が成長期にある場合は、どの事業も悉く成長期にあるわけで、大変なチャンスが秘められている。もっとも、収入水準が異なったり、商環境が異なったり、政治が不安定だったり、法制度が未成熟だったりと、それ以外のリスクファクターも大変大きいために、事業の成功が簡単か。というとそうではないが、「難しさ」のタイプが異なる。というのが適切か。

    —-

     世界には一日2ドル未満で生活する貧困層が40億人いるといわれている。地球人口の7割弱だ。(本当だろうか。裏付け資料が欲しいところだが、20:80の法則があることを考えるとあながち間違いでもないと思う。)
     この膨大な市場を相手にするビジネスを生み出せることができればいいのだが、その市場を相手に成功を得るためには、既存のMBA的なビジネスセオリー、メソッドに加えて、+αの何かが必要なように感じる。(個人的にはマインド、奉仕精神などが必要…。といいたいところだが、客観的に見ると、物価上昇率の高さと、所得水準・生活環境の急速な向上を外部要因として抑えた上で戦略を立てる。というのが、現実的な回答か。よーわからんので、誰か教えてください。)

    また、短期的には貧困層からの「搾取」のビジネスモデルが成り立ちうるかも知れないが、中長期的には現地に根ざし、現地の発展に寄与するようなビジネスを提供しなければ、地域なり国なりに淘汰されてしまうに違いない。

    僕自身、まだ答えは見つかっていないが、5月25日(月)に、アジアを代表する国々、企業の方々が集まり、アジア各国が抱える固有の問題を「ビジネス」を通じて実際に解決していく、アジアのビジネス・リーダー育成プログラム「Gift-YLP」を開発し、主催しているチャンドラン氏を招いて、

    ・ アジアをはじめとするグローバルの最先端市場では今どのような変化が起きているのか? そこにビジネス機会をいかに見出すか?
    ・ どのようにして、アジア・グローバルで活躍できるリーダーを育成していけばよいか?

    について考える対話形式のセミナーを行うことにしたので、興味のある人は是非、ご参加頂きたいと思う。

  • fukui 11.04.2009 No Comments

    本日は大学時代に所属していた柔道同好会のOB・OG会に参加するために上京。
    普段は日曜の夜か、月曜の朝に移動するのだが、土曜日移動になったために、明日、会社の野球サークルの練習にも出ることが出来そう。(飲み過ぎなければ…) というか、俺、動けんのか?

    2年前に柔道同好会の練習に参加したときは、不覚にも吐いてしまった。
    練習で吐くのは生まれて初めてだったが、自分の体の衰えを知ってからはほとんど運動していない…。

    練習で吐くってのは、疲れ切ってて吐くんじゃないんだね。
    体内が振り回されて、気持ちが悪くなって吐くんだということを身を持って知った。
    まぁ、どうでもいいけれど、大学の学食を借り切って上は60から、下は20歳前の現役生まで集うと言うから楽しみです。

    —-

    はくたかに乗ると、スーパーで売っているようなパックに入った刺身を複数ビニール袋に入れて移動されようとしているおじさんと遭遇。

    家族へのおみやげなんだろうか。
    ほたるいかは鮮度が命。家に着くまでに味が落ちなければいいが…。

    どうでもいいけど、結婚したらこういう家族思いの人になりたいと思う。
    (できるかどうかでいうと、苦手なほうだ。)
    なんか昔、国語の教科書で読んだ「盆土産」なる小話を急に思い出した。

    味が落ちているかどうかは実はどうでもいいんだよな。
    贈ろうとする気持ちが大切だ。

    —-

    話は戻るが、魚津駅の待ち合わせでは、麻生首相の六カ国協議についてのニュースが流れていた。麻生首相の支持率は最近微増しているそうだが、僕も最近見直すことが多い。

    経済対策は中長期的に見たら褒められたものではない、、、というか、愚策だ。
    経済学的に言うと、ひどい副作用をもたらす痛み止めだ。(モルヒネみたいなもの?)
    しかし、国民は古めかしい、「道路を掘って埋めろ」的な財政支出をある程度歓迎している。
    (G20で財政支出をくだらん。と言い切ったドイツはさすがだが。)

    まったく理解できなかったが、病人に取ってみたら、「この痛みが続くようだと、すぐに死んじゃうかもしれないので、とりあえずモルヒネうってくれ。」という気分なんだろうし、そうすると打たざるを得ないだろうし、一定の効果はあったんだろうな。って思った。経済学だけでは経済は分からない。

    突き詰めて考えていくと、大規模な財政支出は、非常に非効率的な所得の再分配行為と言える。金持ち(とはいっても、海外のビリオネアに比べたらささやかなものだろうが)から懲罰的な税率で税金を厚め、もたざるものに分配するスキームだ。

    国民の一票は誰が投じても一票なので、選挙的には効率がいいだろうな。
    オピニオンリーダーは必死に反対するだろうが、オピニオンリーダーが影響を及ぼせる範囲よりも、庶民の数のほうが圧倒的に多いと言うことか。

    僕が麻生首相を見直しているのは、「辞めない姿勢」「(大局的に見て)一貫した言動」これに尽きる。こういう政治家は時に応援したくなる。(もっというと、今、最高に評価している政治家は、あの行列ができる弁護士だ。)

    つい先日、武部さんが、「解散するなら今だ!」といったそうだが、(yahoo!Newsでしか確認が取れてないので、真意を把握する必要はあり。)本当にあの人は政局が読めなくなった。というか、「天才」小泉の亡霊か。マジ、勘弁してもらいたい。

    今、解散して、喜ぶ人がどこにいるというのか。国民は望んでいない。サル山のボス争いをしている、KYな民主の一部と自民の一部だけが喜ぶ。しかし、今もし解散するとしたら、政治どころじゃない国民の気持ちは自民から離れるだろう。(かといって、小沢問題があった今の民主に期待している人も少ない。要は縮小均衡で、皆が少しずつ痛みを追う。)

    どれだけ非難されようとも、続けるという姿勢を貫いている点は素晴らしい。半年、1年で成果が出せるような政治なんて、ほとんどない。そうするには規模が大きく、複雑になりすぎた。

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    良い政治家は時間を味方につける。
    今の民主は時間を味方につけていない。

    いつしか、焦りから、「政権を取る。すべてはそれからだ。」と政権を取ることをゴールにしてしまってから、迷走が始まった。現政権を批判することばかりが目立つようになってしまった。(もちろん、非難すべき点は多々あるが。)

    非難することは出来ない。誰しも期待するような効果が出せないときは焦る。
    しかし、もし仮に民主党が、国民の意見を真に代弁するような、政策を提示し訴え続けてきたとしたら、今年あたり、政権が代わってもおかしくなかったのではないだろうか。

    粘り強さと潔さ。それは一見矛盾するように見えるけれど、矛盾はしない。
    より高い目標に対して、粘るときであれば粘ればいいし、潔くあるべきときであれば、そう振る舞えばよい。
    粘るときに潔い(フリをして)辞めるからよくないし、潔くあるべきときに、固執するからいけないのだと思う。

  • 春。別れと出会いの季節ですね。

    うちの社長がある会社の役員の方にご挨拶のメールを送ったところ、次のような返事をもらったとのこと。
    非常に印象に残る言葉だったので、転記。

    「人生も会社も、いろいろな山谷、紆余曲折があるものだなぁとしみじみと感じます。
    ただ言えるのは、会社間の付き合いよりも、個人間の信頼関係のほうが常に強固で、
    寿命も長いということです。」

    —-

    弊社の中途社員は、社員からの紹介で入ってきた方がほとんどで、例外なくハイパフォーマーだ。
    紹介会社に登録すると、ある意味不当に評価されるかもしれない人でも、個人間の信頼関係、あるいは実力を知り尽くしている個人からの紹介になるので、実力と適性を評価できる。

    もっとも、これは弊社に限ったことではない。世の中の企業の多くが、「知り合いからの紹介」というルートで人材を採用しているのではないだろうか。会社間の付き合い、マッチングシステムも非常に重要だが、「差別化」という観点からいうと、個人間の信頼関係に基づき、マッチングシステムから漏れてしまう人材を適切な場所に紹介する。というビジネスは成り立ちうる。(ただし、以前のエントリでも述べたが、紹介事業には構造的な問題があるので、紹介した先から費用を頂くというモデルは、「求職者」の立場から考えると適切でない場合も多い。)

    そのやり方が、効率がいいか、悪いかはまた別の問題で、そこはモデルの組み方次第だろう。という気はする。
    ただ一ついえることは、間違いなくそこにニーズは存在すると言うことだ。

    今も昔も、そして、中途採用市場が急成長していた昨年までも、常に「個人間による紹介」は転職の主要ルートであった。この不況下、確かに転職は厳しくなっている。しかし、さっくり転職を決める人も数多くいて、その人達は、信頼関係のある家族、友人、取引先が多かったということだ。(もちろん、良い仕事をし続けてきた。という前提条件はある。)

    株式会社という存在を否定するわけではない。
    人間が産んだ偉大な発明の一つだし、世の中の多くのことを解決してきた存在だ。
    一つの問題が解決されると次にまた改めて、新しい問題が発生する。
    これは社会自体が進歩している証だ。

    工業化がなければ、環境破壊もなかった。
    工業化を否定するのではなく、受け入れることで、更なる進歩のプロセスを刻むことができる。

    人材分野に関してもきっとそうだ。
    紹介によるマッチングビジネスが出来て、転職市場が活発化した。
    だからこそ、起きている問題もたくさんある。
    しかし、それを進歩のプロセスの中で解決していくことこそが、株式会社の使命だと思う。

    —-

    本当に必要なキャリア支援のサービス(そして、ある意味転職支援のサービス)とは、「能力を磨き、高める場を設けること」「信頼関係を築ける仲間と出会えること」なのではないかと、改めて思ってみたりする。

    ジョブウェブが取り組んでいる、自分未来塾もそういう場にしたいと思うし、出来るのではないか。
    という直感がある。

  • 野中郁次郎先生を初めとした、6人の執筆陣による傑作「戦略の本質」をようやく読了した。
    昨年の年末に「1月に開催するセミナーの参考資料として」購入してから、実に4ヶ月近い時間をかけて読んだことになる。

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    高校生ぐらいまでは、多読・速読派だったが、今は、一冊の本を読むのに本当に時間がかかるようになった。数ページ読む毎に、自分自身の経験や過去に読んだ本の内容と照らし合わせながら読むようになったからか。使い分けることができれば本当はもっと良いのだろうけど、本当に隅々まで読んでしまう。

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    さて、そんな本書だが、傑作だった。本書を通じて執筆陣が伝えたかったことはまえがきに全て語られているので、一部転載する。

    「戦略論がないわけではなかったが、流行している戦略論は分析的な戦略策定に終始していた。分析的な戦略論が行き過ぎた結果、戦略を実践する人間の顔が見えなくなっていた。」

    「戦略とは、何かを分析することではない、本質を洞察しそれを実践すること、認識と実践を組織的に綜合することであるはずだ、という確信をわれわれは持つに至った。そこから導き出されたのは、戦略を左右し、逆転を産み出す鍵はリーダーの信念や資質にあるのではないか、という仮説であった。そこからプロジェクトは再開された。」

    「日本のリーダーには徹底的にリアリズムが欠落していると同時に、理想主義も貧困である、ということであった。この布アツの指摘は相矛盾しているように思われるかもしれないが、優れた戦略的リーダーはこれらを同時に達成しているのである。」

    —-

    戦略の本質は、20世紀に起きた6つの戦争(局地戦が主だ)を取り上げ、不利な状態から逆転を成し遂げた、「逆転のリーダーシップ」に関して触れている。僕が気に入った点は下記だ。

    ・戦わずして勝つ。というところが戦略の王道ではあるが、戦わずして勝つために、部分的な勝利を得る必要がある場合もある。そういう意味で、クラウゼヴィッツの「戦争とは、異なる手段を以てする政治の延長に過ぎない。」という言葉を実によく表しているものを取り上げている。政治の延長故に、世論をいかに味方につけるか。世界を味方につけるために、どのような勝利を納める必要があったか。を詳しく書いている。

    ・「戦略の本質が最も現れるのは逆転現象ではないか」著者らのこの仮説は、多少乱暴には感じる。しかし、世の中の多くのリーダーが求められているのは、「不利な状況から、勝利する」ということなので、この仮説に基づいた事例紹介、研究はビジネスに転用が利きやすく、参考になる。

    ・戦略に達するための分析的アプローチを否定しているわけではない。数字や現場の視察によるリアリズムを重視した上で、理想主義も大切である。と述べており、それは両立するモノである。と述べている。世のリーダーの多くは、リアリズムがある人は理想主義がなく、理想主義がある人はリアリズムがないように感じる。経営陣で役割分担できていれば問題ないのだが、基本的には経営者のもとには同質型の人材が集まるために、役割分担が出来ていないケースもままあるだろう。

    —-

    満足のいく、戦略の教科書に出会うことは稀だ。

    戦略の本質は差別化にある。
    己の強みを活かし、弱みを消す。他の強みを消し、弱みを攻める。
    様々な(そして新しい)分析の手法を知る。

    そういった何にでも当てはまるセオリーはあるが、セオリー通りに行っているだけでは、ライバルに打つ手を読まれて命取りになる。常に、現在おかれている環境や利用できる資源に応じて、臨機応変に戦略を立案していかねばならない。そうするためには、教科書を読み、セオリーを学ぶだけでは不十分だ。(もっともそれは最低限必要な行為ではある。)

    置かれた環境に応じて、解決策を立案する洞察力の訓練が必要不可欠だ。
    (あなたが、他に対して差別化され、比較優位を築ける戦略を立案したいのであれば、きっと。)

    軍隊では、事例研究に重きを置く(MBAのケースメソッドも軍隊の事例研究から生まれたモノだっただろうか。)というが、事例を学び、現在に応用して考えるにあたって、この「戦略の本質」は非常に優れた事例研究の書であると言える。

    —-

    歴史に学ぶ。自分未来塾の「歴史学」でもこの要素をもっともっと強くしていきたい。と思いを新たにした。

  • fukui 20.03.2009 No Comments

     以前、各選考での突破率に関しての記事を書いたときに、「最終面接の際に気をつけるべきこと」について時間があったら記事を書こう。みたいなことを述べたところ、熱烈なリクエストを頂いたので、ちょうどよい機会なのでまとめてみようと思う。

     皆は企業の採用選考をどのように捉えているだろうか。これは私見だが、一つの選考を突破すると、それまでの評価はゼロリセットされ、次の選考ではまた一から別の資質や適正を見られると考えている人が多いのではないだろうか。

     しかし、これは違う。

     選考プロセスは、その一連の流れが、「長い総合評価のプロセス」であると考えたほうが適切だ。たしかに、筆記試験で、学力と文章力を見て、グループディスカッションでコミュニケーション能力を、個人面接で個々が持つ資質を見て、実技試験や課題を通じて、精密性や創造性を見抜く。といったように、選考の各プロセスでそれぞれ見ている能力や資質が違う場合がほとんどだ。

     しかし、前の選考結果は確実に次の選考に引き継がれ、評価の参考資料となる。中には先入観を排除するため、それまでの選考結果を引き継がないケースもあるが、短時間でゼロから人を判断するのは至難の業で、選考結果を引き継がないと結果的に効率が悪くなるケースがほとんどだ。

    「たまたま、面接の時に身内に不幸があり、普段は明るい彼がその良さを発揮出来ていないとしたら?」
    「体調がとても悪く、面接の際に本来の力を出せないとしたら?」
    「他の分野では極めて優れた力を発揮しているのに、グループディスカッションだけ周りに恵まれず評価が低くなっているとしたら?」
     
     毎回ゼロリセットで、評価をし直していると、本来はこういった自社にとって魅力的な人を落としてしまうケースが多い。「選考は運と縁」と言い切るのは簡単だが、運と縁と言い切るには、企業はあまりにも人もコストも使ってしまっている。「人事を尽くして天命を待つ」のであれば、それでも良いが、大体は人事を尽くしていないケースがほとんどだ。

     だからこそ、少なくともそれまでの選考結果が抜群に良ければ、一つの選考で結果が思わしくなくても通るケースは多い。

     受験勉強に例えてみると、国語も数学も英語も物理も、平均点以上をとる必要があるが、どれかひとつ優れた点数をとっている科目があれば、一つぐらいミスった科目があってもリカバーは可能。というイメージだろうか。

    —-

     故に、最終面接は大事だが、最終面接の前に、8割型勝負が決まっている。と考えても良い。それまでの選考を通じて、総合的にどのような評価がされてきたのかが重要なのだ。

     「能力」に関して申し分ない人であれば、最後に見られるのは「熱意、志望度」になります。
     「熱意、志望度」に関して申し分なければ、最後はドライに「能力」で評価されます。

    「最終まではいくんだけど…」と誇らしげにいったり、あるいは、悩んでいたりする人は、能力もしくは熱意のどちらかに問題があるケースがほとんどだろう。

     能力はイマイチだけれど、熱心に志望しているから、なんとなく最終まで通してきたけど、「やっぱり物足りないな…」というケースは本当によくある。

    また、能力を頼みに選考を上がってきたが、熱意のPRが足りなかったり、「練習・滑り止めで受けている。」という姿勢が見え見えで落とされてしまうケースも本当に多い。

     能力面に問題があるのであれば、自己PRを練り直す。GDの特訓をする。筆記試験対策をする。書く力を鍛える。といった、基本的なことを一からやり直すしかない。(ネガティブな考え方だが、選考が『ゆるい』企業を受けてみるというのも解決策の一つだ。オススメはしないが。)自己PRは人の目を通せば通すほどよくなるし、自己PRがしっかりしていると、面接でも通りやすくなる。GD対策は難しいので、日頃から考える癖、話す癖をつけるしかないが、筆記試験対策は簡単で、問題集を2冊ほどやれば、確実に2割は得点がアップする。

     志望度に問題がある人は、「自分の志望度に問題がある」と気付いていないケースがほとんどだ。選考担当者は本当に様々な視点から、学生が「本気で我が社を受けているかどうか」を見抜く。例えば次のような点が「熱意」をはかるために見られていると考えていいだろう。

    ・志望動機と選考を受けている企業群に矛盾がない。
     → ベンチャー志望です。といっておきながら、大企業ばかり受けている。ってケースはよくある。
    ・選考に遅刻しない。
    ・その企業が出している出版物に目を通している
    ・その企業の新聞記事等にアンテナを張っている。
    ・持ってくるように言われた提出物(履歴書など)をしっかり持ってきている。
     → 説明会に履歴書持ってくるように言われたのに、持ってきてない人は、「履歴書ぐらい説明会見て、良かったら提出するでいいでしょ。」ぐらいの気持ちで受けているケースが多いのではないだろうか。
    ・OB、OG訪問をしっかりしている。
    ・選考課題を納期通りにしっかり提出している。
    ・説明会での態度
    ・受付での態度

    本気で受けている企業だったら、問題ない項目ばかりだが、志望度が低い企業の場合、上記についてついついおろそかにしているケースなど、あるのではないだろうか。

    上記のことをしっかりやろうとすると、選考が本格化する2~3月になると「企業の数」をたくさん受けすぎるわけにもいかなくなる。だからこそ、ある程度絞り込んで、研究して受けることが大事になってくるのだ。

    あなたに足りなかったものは、「能力」か、それとも「熱意」か。
    この機会に改めて考えてみるといいだろう。

  • fukui 17.03.2009 No Comments

    2007年11月23日に書いたエントリ、僕は馬岱ですよ。
    各方面から好評を頂いた(ウソ)。

    ぶっちゃけ、R25の「スマートモテリーマン講座」にそのうち取り上げられると思うので、
    今のうちに書いておく。俺が先に論文発表したんだぞ。と。

    —-

    上司や部下、親や友人に、「おまえ生意気なんだよ!」「なんかダサくね?」はたまた、「無能者!!」などと叫ぼうものなら、あなたの交友関係に深刻な影響を及ぼすことは想像に難くない。上司にそんなことを言おうものなら、あなたのその会社での出世はないと考えていいだろう(しらんけど。)

    しかし、
    どうしても、
    時には、
    声を大にして
    男には

    言わねばならぬことがある。

    そんなときは、人物を三國志の登場人物に例えて評価することをオススメしたい。
    僕が好きな三國志の登場人物を何人かピックアップしよう。

    虞翻 … 生意気で、賢げなことをのたまう後輩に使おう!「確かにおまえは賢いかもしれないけれど、三國志でいうと、所詮知力80のB級軍師なんだよ!」というメッセージを暗に送ることができる。虞翻タイプの社員は、自分が正しいと思ったことを声を大にして言ってしまう。という傾向がある。(そのため、出世は阻害されることも。)上司としては、ムカツクんだが、結構正しかったりするので、言い返せないこともしばしば。知らない間に田舎に引っ込んで我が道を行くことも。

    王平 … いぶし銀の活躍を見せる営業担当や、事務方の人物に。ある意味最大級の褒め言葉なのだが、なんとなく存在が地味な人に。彼が王平を知っていたら、喜ぶかもしれない。いや、それぐらいの活躍したし。

    陳宮 … 賢いんだが、より賢い人の前では少し浅知恵な感じがする人に使うといい。何か言われたら、「いやー。曹操の初代軍師と言えば、陳宮しかいませんよ!」「陳宮の戦略を呂布がしっかり理解さえしてくれたら…」という感じで使うとうまく逃げることができる。個人的には馬謖よりはるかに高評価。ただし、能力は戦術面に限定されるかな。それと、自分より賢い人のもとではあまり力を発揮できないと思われる。中堅領主に使える知恵者って感じかな。ここらへんが、大物に使えても価値を出し続けた賈詡とは異なるところ。

    超雲 … はっきり言って、完全無欠な人に、尊敬と憧憬の念を込めて使おう。しかし、あくまで領主ではなくて、極めて優秀な本部長といったところ。「将来的に撤退したほうが絶対にいい事業」でも立て直しちゃったりする点だけが難点か。そういう時は「頼むから阿斗は救わないでください。」と伝えよう。

    馬超 … 才能はあるけれど、無意味にアツくて、若い人に。「義憤にかられて突撃すると負けちゃいますよ。」ってことを婉曲に伝えるとき役立つ。言われた人はたぶん、喜ぶ。曹操なあなたにとっては、彼をコントロールすることは赤子の手をひねるより簡単なことだろう。ただし、彼が「義憤にかられる」ような言動は決していってはならない。もしかしたら、アナタの首が飛ぶほうが早いかも…。

    甘寧 … 力はあるけど、ガラが悪い人に使うといい。「甘寧に例えるのは言い過ぎじゃない?」って場合は、周倉に例えてもいい。横山光輝三國志を知っている人であれば、営業目標をいち早く達成したときに、「甘寧一番乗り~」と叫んでもらいたいところ。(もちろん、鉄球つきで。)

    …まぁ、考えるのが面倒くさかったら、上司に対しては、「○○さんって、関羽みたいですよねぇ~」と言っておこう。「○○さんって、賢いですよね。」というよりも、婉曲的かつ、スマートに上司に対してお世辞を言える。同僚からの妬みも少なくて済むはずだ。すくなくとも上司はあなたにとって、「神」であることは間違いないのだから。

    このやり方の唯一の欠点は、女性の同僚や上司・部下には使えないところ。但し、彼女には使えそう。「おまえ、俺のことだましてない?」ってときは、「キミって貂蝉みたいだね。」 可愛い彼女を守るために周りを犠牲にする覚悟が出来たときは、「おまえのために、俺は俺のレッドクリフを戦う!」 ちょっとツンデレな彼女には、「キミは僕にとっての弓腰姫」って感じかな。

    まぁ、どうでもいいですけど。
    さぁ、仕事しよ。

    いい加減、怒られるかもしれない。
    劉備に。

  • fukui 16.03.2009 5 Comments

    究極の内定力養成講座 の学生さんから相談を受けたので答えてみる。

    > 『エントリーシート、1次選考、2次選考、3次選考・・・ と選考が続きますが、

    > エントリーシートで何%、1次選考で何%の学生が選考を通過していくのでしょうか?』
    エントリー数、選考通過率は本当に企業によって千差万別なので、一概にこう!ということはできない。しかし、ある程度の傾向と指針を示すことはできる。採用人数が150~200人ぐらいの、人気企業の例で考えてみる。
    • エントリー数 3.2万
    • エントリーシート提出数 1.6万人
    • 説明会参加者数 8000人
    • 一次選考突破数(筆記試験) 4000人
    • 二次選考突破数(グループディスカッション) 2000人
    • 三次選考突破数(面接) 1000人
    • 四次選考突破数(面接) 500人
    • 最終選考突破数 300人
    • 内定承諾 150~200人

    ちょっと極端な例ですが、仕事や商品がイメージしやすい、食品メーカーや、旅行会社、それと家電メーカーや都銀、化粧品メーカーは、エントリー数が 3~5万に達することはよくあるので、上記モデルはそんなに間違っていない。ただし、都銀などは採用人数が、1500~2000になることもあるので、選 考はもっと「ゆるく」なっていると考えていいだろう。
    上記モデルをもとに考えると、まず必要な作業は「エントリーシートを出す」という作業にな る。エントリーはしているが、エントリーシートを出さない。という人が実は結構多いのだ。(企業にかかわらず半数程度?)なので、エントリーシートを出す だけで、かなり有利な状態になる。
    その後の選考の突破率はどの企業でもあまり変わらず、通常であれば50%。ばっさり切る、難関といわれる選考ステップでも全体の25%程度は残しているのではないだろうか。

    個人的な感覚で言うと、ES、一次で落ちまくるという人は、いたずらに手を広げて、自己PRを練り上げることもせず、個々の業界や企業のことをよく調べずに受けているという人たちだ。受験に例えると、受験勉強をせずに、入試傾向も調べずに数うちゃ当たる方式で、私立大学を大量に受けているような感じ。

    まぁ、受かるはずない。と思う。(どれぐらいの数を受けるといいのかは、前回のコラムを参考にしてもらいたい。)
    ちなみに、ベンチャー企業の選考通過率も上記モデルとそんなに変わらない。

    ■ベンチャー企業、中堅商社など

    • エントリー数 1000
    • 説明会参加者数 500人
    • 書類&筆記通過者数 250人
    • 二次選考突破数(グループ面接) 100人
    • 三次選考突破数(面接) 50人
    • 四次選考突破数(面接) 25人
    • 最終選考突破数 10人

    エントリー数が少ないので、書類で落とすことをせず、とにかく説明会に来てもらって、知ってもらおうというスタンスですね。ですので、ここまでは割とスムーズなのですが、その後の選考通過率は5割程度(大手は3割ぐらいのときも多いので、それにくらべると楽です。)

    まぁ、大手に比べると楽なことは確かですが、熱烈なファンがいることも多いので、油断は禁物です。正直言って、優良ベンチャーと業界の中~下位企業だったら、優良ベンチャーのほうが入りにくいぐらいですね。

    さて、他にも「最終面接まではいくんですが、そこで良く落ちるんです。」という質問も頂いた。最終面接に受かるためには、選考の初期段階からいくつかのことに気をつけておく必要があるのだが、まぁ、これはまた別の機会に書くことにしよう。
  • 後輩の成長を見るのは、素直にうれしい。

    営業にいったとき。
    すぐれた提案書を見たとき。
    これは無理だろう。という仕事をやり遂げたとき。

    心から祝福したい。

    そう、僕は、人の成長を見るのが大好きなのだ。

    3月に入ってから、私が責任を持っていた部門のマネジメントを後輩に任せている。今日の会議も、後輩に運営を任せた。

    素晴らしい出来だった。素直に喜べばよかったのだが、喜ぶとは異質の別の感情が芽生えたことも確かだ。

    「素晴らしい。俺なんかよりはるかにすごい。いや、すごいは言いすぎだが可能性を感じる。」

    すなわち、自分自身の能力に対して「これでいいのか」と危機意識を抱いたのである。

    自分自身があまり得意でない分野を権限委譲しているのとは、また違う。
    自分自身が得意と思う領域で、さらに優れ(ているかもしれない)才能に面したとき、
    多くの人は喜ぶと同時に危機感を感じるのだろう。

    ついに、後輩は能力の面で、自分を凌駕する位置に来たのだ。

    これは、喜ぶべきことだ。しかし、自分も負けてはならないと思う。

    手塚治虫は、すぐれた芸術家だったが、自分の地位を脅かす若手が生まれた時は、徹底的に戦ったという。

    ゴルゴ13のさいとう・たかをに「君の絵はダメだ」といったのは有名な話だ。
    本当の意味で、後輩の成長を喜ぶというのは、自分自身の仕事に危機感を感じる。ということなのだろう。

    もちろん、人生の先を歩いているものの宿命として、彼らの仕事を全力で支援しつつ、同時に圧倒的な力の差を見せつけねばならない。

    もっともそれができるから僕はすごいのだが。