作家の方々の随想を見ると、どれだけ忙しくても、毎日机に向かい、文章を書く。ということを日課にされている方が多いようだ。素晴らしい文章を書くことはできなくとも、量を書くことはできるから、量だけでも作家の先生の真似をしてみよう。ということらしい。
小説家を志すからには、僕も毎日何かを書かないといけないだろう。
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ジョブウェブを退職することを決意したのは、社会構造が変化していく中、
1)新しい時代の「生き方」を提示したい、伝えたい。
2)新しい時代に求められるスキルを身につけたい。
という思いからだ。
「新しい時代」とは何か?
まだ、言葉にするのは難しいが、
・成長期を終え、成熟期から衰退期を迎えようとしている日本
・給与所得から、資産の運用所得がメインとなる時代
・労働時間を増やしても収入が増えない時代(おそらく最適な労働時間が存在する)
・個々人のクリエィティビティがより必要とされる時代
・離れてしまった家族やの結びつきをもう一度取り戻す時代
こういう時代になるのではないかと予測している。これは、成長期の日本社会に生きた人にはなかなか受け入れがたい価値観かもしれないが、イギリスが19世紀、アメリカが20世紀に、経験した時代の変化のリフレインのような気がしている。
時代を悲観する必要はない。
ひとつの時代の終わりは、新たな時代の始まりなのだ。
既に、新たな時代に生きている人は大勢いる。
僕もその仲間入りを遅ればせながらしようとしているのだ。
ジョブウェブの理念に「人と組織の新しい関係を創造する」という一文があるが、個人的にはジョブウェブの活動の延長線上に今の小説家を志すという動きがあると思っている。
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以上は、退職の決意のマクロな理由で、かっこいいほうの理由。
もうひとつ、かっこ悪いほうの理由もある。
自分自身の創造性を自分自身の立場や給料が阻害しているんじゃないか。と感じ始めたことだ。
給料に縛られているひとってたくさんいる。
中途の転職者の相談に乗ったことがある人ならわかると思うけれど、
本当にいい給与をもらっている人たちがいる。
しかし、中には、その企業でしか使えないスキルしか身に付けていない人がいる。
市場価値でみると、せいぜい800万ぐらいもらえばいいほうだろう。という人が、40歳というだけで平気で1500万もらっていたりする。人材紹介会社に勤める人とか、この感覚すごくわかってもらえるじゃないだろうか。結果その人はどうするか、というと、どれだけ不平を持っていても、会社にしがみつき、転職はしない。リストラされて始めて、自分が会社に守っていてもらったことに気付く。
収入が1500万あったとしても、その収入の使い道は下手すると、マンションのローンと、子供を私立の学校に入れるための養育費だ。ひどい場合はお小遣いが数万円で、たまにキャバクラやゴルフバーに通って見栄をはる。
そういう人生ってどうなんだろうね。
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ちょっとこれはオーバーな話だけど、少なからず自分自身も給与というものに縛られるようになっていたような気がする。
給与が高いと、その給与に見合ったアウトプットを出さなければ、という感情の引力が働く。
ところが、自分自身がやりたいと考えていたことの多くは実は、直近あまりお金になりそうにない(小説を書くとかね)。正確に言うとお金になるかもしれないが、ならないかもしれない。要はリスクが高い。リスクを減らす方法はないかといろいろ考えたけれど、どうしても思考が行き詰ってしまった。
リスクが高くても、やってみたい。と思ったとき、そのときはリスクを自分自身で引き受けるべきだ、と感じた。
あんまり論理的ではないけれど、そういう思いに最終的には至った。これが退職を決意した、かっこ悪いほうの理由。