• 2009年の年末に7年勤めた会社を辞める。学生時代にインターンシップ生として働いていた時期もあるから10年以上付き合った会社と別れ、32歳で新たな挑戦を始めることにする。

    挑戦する職業は「小説家」

    正直、その才能があるかと言われれば、自信がない。
    さまざまな小説を読むたびに、自分にできるのか。という疑問が沸く。
    まぁ、それでもやらないでいると後悔するばかりだから、期間を限定して徹底的に取り組んでみようと思う。

    ブログを書き始めたのは、元来怠け者の自分を叱咤激励するためだ。
    会社では、日報や会議や目標があって、時には不平や不満があっても、管理してくれる人がいた。いるときはつらいものだが、いなくなってみるとありがたかったかな。とも思う。

    他にも同じように、小説家を志す方もいるかも知れないので、本日はfukuiが取り組んでいるトレーニング方法を紹介しようと思う。

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  •  
     地下にあるバーは、古い銀行の金庫室を改装したものらしく、壁には小さなダイヤルと鍵穴がついている貸金庫が数多く埋め込まれている。磨き抜かれた表面が電球の明かりを受けて、店内をぼんやりと金色に彩っている。
     
    「まるでルパンになったみたい。」
    「ホントだ。コインに囲まれているみたいだね。」
     
    彼女はカウンターに座り、隣に僕も腰掛ける。背の高いバーチェアーは彼女に凄く似合う。
    僕はドラフトビールを頼み、彼女はジンライムを注文する。
     
    「銀行の金庫室って、ホントにこんな感じなのかしら。」
    「どうなんだろう?何かの映画で見た、スイスの銀行の金庫室はこんな感じだったけど。」
     
    こんな小さな金庫に、何をしまっておくんだろう。
    札束なんかは無理だろうから、何かの株券や証書をしまっておいたんだろうか。
    そして富豪の老人や、若くして成功した企業家達が、一年に一回ぐらい、鍵を開けて、中身を見て楽しむに違いない。
     
    ドラフトビールとジンライムが届き、僕たちは目と目を合わせてささやかな乾杯をする。
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  • 「キミはいつも頭脳明晰で論理的だけど、自分の心もそんな風に冷静に分析できるの?」

    「あぁ、出来るよ。多分ね。」
    自嘲気味に僕は答える。ポーズだ。

    「じゃあ、私の心はわかる?」

    「えっ…。」
    こういうところが好きなんだ。好きなんだ。好きなんだ。僕には、出来ない。

    「いや、別にわかる必要もないし。」
    そして、また僕は失敗を繰り返す。

    「そう…。」

    「まぁね…。」



    「じゃあ、教えてあげようか?」
    ありがとう。また君に救われた。

  • ここ数日、産みの苦しみを味わっていたけれど、なんか見えた気がする。風呂ってすげぇ。。
    忘れないうちに、メモ。
    明日になったら、ゴミ箱行きかもしれないけれど。

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    働く理由。友人との対話。
    自由になりたいオトナの話。
    祖父の死。
    身動きが、取れない。
    好きだった子。エンジェル因子。
    挑戦と失敗と。友人の話。
    逃避。何から?
    挑戦と失敗と。
    言葉の意味
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  • なんでもいいから、作品を書き始めようと思うのだが、なかなか筆が進まない。
    いざ小説を書こうと思い立ってから、意識して小説を読むようにしてきたけれど、やっぱプロが書く作品は凄いな。と感じる。

    あまりにもかけないので、何か心に訴えかけてくるものがあるかも…。と思って、富山市水墨画美術館に足を伸ばす。

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    日本の国宝展というのをやっていて、平安時代から江戸時代までの水墨画を中心に展示していたのだが、いまひとつ心躍らず。
    先月、ゴーギャン展や山下清展を見たときは本当に感動して、自然と涙が出てきたのだが…。
    雪舟や狩野永徳、若冲らの作品はさすがの出来だったが、むしろ館内の高村光太郎の彫刻の商品に感嘆してしまった。

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    小説といえば、僕は村上龍が割と好きだけど、作品は全然抑えていないので、今改めて読んでいる。
    村上春樹は文章自体が芸術といっていいけれど、村上龍の作品は時代をうまく捕らえているのがウリなのかな。
    同じ村上ってだけで比べるな。という声が聞こえてきそうだけど、デビュー時期が比較的似ていて、時代を築いた二人だからどうしても比べてしまう。

    —-

     以前聞いた話で、将棋の羽生さんが話されていたことだそうだが、将棋の十五世名人に大山康晴という圧倒的な強さを誇った棋士がいた。未だに「歴代一位」の記録をたくさん持っているのだが、今、戦ったら、奨励会を出たばかりのプロ棋士にも負けるかもしれない。とのことだった。
     大山名人が弱いという話ではなく、プロの世界のテクノロジーの進歩の早さと戦いの厳しさを例えた逸話だと思う。(大山の才能で現代将棋の英才教育を受けたら、またとんでもない名人が生まれるのかもしれないが。)
     陸上競技や格闘技でも同じことが言えるし、サッカーでも同じことが言える。昔の伝説的な名手も現代だったらどれだけ通用するかわからない。プロの世界のテクノロジーの進歩は凄い。

    —-

     絵や文章も実は同じで、過去の偉大な芸術家に技術面で匹敵する現代の若手なんていくらでもいる。雪舟や若冲や、ゴッホやフェルメールよりも、技術的に優れた人っていうのはきっと現代にも何人もいるのだろう。
     ただ、科学や技術として形に出来ない精神やプロフェッショナリズムの部分は、おそらく過去の一流は今も一流だ。そしてその精神の部分で追いつかない限り、現代の一流も、過去の伝説的な名手を超えていくことはできないのだろう。

     しかし、精神って何なんだ?

  •  作家の方々の随想を見ると、どれだけ忙しくても、毎日机に向かい、文章を書く。ということを日課にされている方が多いようだ。素晴らしい文章を書くことはできなくとも、量を書くことはできるから、量だけでも作家の先生の真似をしてみよう。ということらしい。
     小説家を志すからには、僕も毎日何かを書かないといけないだろう。

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     ジョブウェブを退職することを決意したのは、社会構造が変化していく中、

     1)新しい時代の「生き方」を提示したい、伝えたい。
     2)新しい時代に求められるスキルを身につけたい。

    という思いからだ。

    「新しい時代」とは何か?
    まだ、言葉にするのは難しいが、

     ・成長期を終え、成熟期から衰退期を迎えようとしている日本
     ・給与所得から、資産の運用所得がメインとなる時代
     ・労働時間を増やしても収入が増えない時代(おそらく最適な労働時間が存在する)
     ・個々人のクリエィティビティがより必要とされる時代
     ・離れてしまった家族やの結びつきをもう一度取り戻す時代

    こういう時代になるのではないかと予測している。これは、成長期の日本社会に生きた人にはなかなか受け入れがたい価値観かもしれないが、イギリスが19世紀、アメリカが20世紀に、経験した時代の変化のリフレインのような気がしている。

    時代を悲観する必要はない。
    ひとつの時代の終わりは、新たな時代の始まりなのだ。
    既に、新たな時代に生きている人は大勢いる。
    僕もその仲間入りを遅ればせながらしようとしているのだ。

    ジョブウェブの理念に「人と組織の新しい関係を創造する」という一文があるが、個人的にはジョブウェブの活動の延長線上に今の小説家を志すという動きがあると思っている。

    —-

    以上は、退職の決意のマクロな理由で、かっこいいほうの理由。
    もうひとつ、かっこ悪いほうの理由もある。

    自分自身の創造性を自分自身の立場や給料が阻害しているんじゃないか。と感じ始めたことだ。

    給料に縛られているひとってたくさんいる。
    中途の転職者の相談に乗ったことがある人ならわかると思うけれど、

    本当にいい給与をもらっている人たちがいる。
    しかし、中には、その企業でしか使えないスキルしか身に付けていない人がいる。

     市場価値でみると、せいぜい800万ぐらいもらえばいいほうだろう。という人が、40歳というだけで平気で1500万もらっていたりする。人材紹介会社に勤める人とか、この感覚すごくわかってもらえるじゃないだろうか。結果その人はどうするか、というと、どれだけ不平を持っていても、会社にしがみつき、転職はしない。リストラされて始めて、自分が会社に守っていてもらったことに気付く。

     収入が1500万あったとしても、その収入の使い道は下手すると、マンションのローンと、子供を私立の学校に入れるための養育費だ。ひどい場合はお小遣いが数万円で、たまにキャバクラやゴルフバーに通って見栄をはる。

     そういう人生ってどうなんだろうね。

    —-

     ちょっとこれはオーバーな話だけど、少なからず自分自身も給与というものに縛られるようになっていたような気がする。
     給与が高いと、その給与に見合ったアウトプットを出さなければ、という感情の引力が働く。

     ところが、自分自身がやりたいと考えていたことの多くは実は、直近あまりお金になりそうにない(小説を書くとかね)。正確に言うとお金になるかもしれないが、ならないかもしれない。要はリスクが高い。リスクを減らす方法はないかといろいろ考えたけれど、どうしても思考が行き詰ってしまった。
      
     リスクが高くても、やってみたい。と思ったとき、そのときはリスクを自分自身で引き受けるべきだ、と感じた。
     あんまり論理的ではないけれど、そういう思いに最終的には至った。これが退職を決意した、かっこ悪いほうの理由。

  • 本日は通常勤務だったので、別に【小説家への道】ってわけでもないけれど、とりあえずやったこと考えたことをメモ。自分との約束

    ■やったこと

    ・ある学校法人にキャリア関連の提案メール。
    → 大変興味を持ってくれたようで19日の週に会うことに。

    ・GIFT-Japan事務局のmtgにSkypeで参加
    → 直近、やると決まったことはやり続けるとして、中長期的なミッションを明確にしたい。GIFT本体と異なるミッションでもいいと思う。途上国にとっては持続可能な発展が大事だけれど、日本にとってはBOP市場の開拓のほうが大事だ。グローバル(というか東南アジア)でバイタリティ溢れる活躍をできる日本人をもっともっと増やすってことも同じように大事だ。さて、僕らが目指すものはなんだろう。BOP市場の大切さは、グローバルメーカーは痛いほどわかってるけど、まだ購買力がないと踏んで進出に手間取っているのか、まだ「品質」の幻想にとらわれているのか。どちらかというと両者かなぁ。国内でのBOP勉強会→フィールドワークという流れの研修がいいのかも。来週、経済産業省の方とお会いするかも。

    ・日経BPからの依頼原稿執筆。
    → 大体できた。2ページで依頼を受けていたけれど、ついいろいろ書きたくなって3ページになってしまった。「いいですよ」とありがたい返事をもらう。もしかして原稿料も増えるのかな。なんて考えたりして。

    ・メールマガジン執筆
    → 告知する内容が多かった。けど、全部興味深い内容なので、気合を入れて原稿を作成。

    以上?あれ、思ったより仕事してない?朝8時からずっと働いていたような気がしてたけど。大丈夫かな。

    ■小説家へ向けて

    ・ブログをもっとちゃんとしたいと思ったので、抜本的に改造を目指すべく、WordPressの本を買う。2940円なり。本日唯一の出費。IT関係をシステム部の皆さんに頼りきってた自分を深く反省。

    ・会社を作るにはどうしたらよいかしっかり調べてまとめようと思ったが、挫折。

    ・筋トレ → 進まず
    ・投資 → 進まず
    ・読書 → 5分だけ…。「希望の国のエクソダス」こんなんで読み終えれるわけがない。

    ■所感

    ・Blogをしっかりしようと思った以外は、あんま小説家になるための動きが進んでないな。一日が過ぎるのってなんでこんなに早いんだろ。

    ・オフィスではジョブウェブ10周年を祝うサプライズパーティをやったようだ。孝治さんが大変喜んでいた。fukuiは富山のオフィスにいたため、参加できず。残念。とても盛り上がったようだ。

  • 処女作として書きたいと思っているのは、ちいさな港町で祖父母と暮らす少年の物語だ。

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    祖父母は少年に世界を知ること、生きることの素晴らしさを説く。
    祖父母は少年を愛し、少年もまたそれにこたえる。

    しかし、いつしか少年は成長し、祖父母と暮らす生活を窮屈に感じるようになる。
    少年は都市で働くことを夢見るようになり、そしてその願いを叶える。

    祖父母は少年の旅立ちを喜び、多くは望まなかったが、二つだけ少年にお願いをする。
    「自分たちが死ぬときには一度帰ってきて欲しい。可能であれば、自分たちが
     少年とともにこの時代に生きていたことを思い出して泣いて欲しい。」
    少年は深くその意味を考えることなく明るく返事をし、自分自身の未来に向けて旅立つ。

    少年は忙しく働き、祖父母との生活も徐々に思い出の中のものとなっていく。
    時々祖父母達のことを思いだし、胸が苦しくなることもあるが、
    少年には仕事があり、都市での生活があり、胸の苦しさは日常の中に消えていく。

    そんなある日、祖母の訃報を聞く。
    慌てて帰る少年を迎えたのは、驚くほど小さくなった祖父。
    そして祖父は、祖母を送ったのち、後を追うようにして死を迎える。

    少年は祖父母との別れの場で、きっと涙が溢れるだろう。と考えていたが、
    不思議と別れの日に涙が出ない。心が自分の心でないようだ。
    自分は変わってしまったのか。自分は祖父母との約束も果たせない、不義理な人間だったのか。
    少年は自らに問い、悩む。

    しかしそんなある日、少年に
    祖父母の生と死の本当の意味に気付く、ある事件がおこる。

    —-

    こんな感じで書こうと思う。

    昔読んだ本に、「The Giving Tree(邦題:大きな木)」っていう印象深い絵本があったけど、僕流の「The Giving Tree」に出来たらな。と思う。

    ただ、はじめての作品で、生と死をテーマとして扱うっていうのはどうかと思う。
    だから、もしかしたらこのストーリーはしばらくは自分の内で温めるままにしておこうか、とも思う。
    でも、いつかは書きたいと思う。

    「生と死」が表のテーマだとしたら、「家族」が裏のテーマだ。
    家族というと、父母や兄弟姉妹との関係性を書くのが普通かとも思うが、どうしても祖父母との関係を書きたいと思った。

    少子化が進み、毎日がますます忙しくなる中で、
    「祖父母と孫達が一緒に暮らす生き方」にもう少しスポットライトをあててもいいと思う。
    もちろん、嫁姑問題に代表されるように、そういう暮らしにはなかなか抵抗もあると思うけれど、祖父母や父母、子どもや孫との関係も時代と共に変わり続けている。

    祖父母と少年の関係を描くために、あえて父母の印象は薄くする。
    ただ、いつかは祖父母という立場になる父母たちに読んでもらえるような本にできたら…と思う。

  • 退職し、組織に属さず一人で生きることになったらやってみたいことがたくさんある。
    組織にいても、出来るじゃないか。と言われればそれまでなのだけれど、どうしても組織にいると、そこに120%の力を向けたくなる自分がいる。会社と家庭のバランスを取るのが非常に上手な人もいれば、下手な人もいて、どちらかというと、僕は後者のタイプだ。

    仕事をするときや、戦略を立てるときももっとバランス良く出来ればよかったのに。
    心からそう思うが、ようは不器用で、頭もちょっと足りなかったんだろう。と思う。

    さて、ジョブウェブを卒業したらやってみたいこと。
    それは次の通りだ。

    1)投資。資産運用。
     
     300万円ぐらいつかって、株式投資をしてみようと思う。人づてに聞いたり、本で読んだり。ファイナンスのスクールに通ったりして、知識だけは持ってる。だけど、実際に運用したことはない。投資している時間があれば、仕事をするってタイプだった。でも、前回のデータを見て、気付いたことは、日本は労働を通じて資金を得る構造から、資本を動かして資金を得る構造に(あたりまえだけど)変わってきているということ。これは今から訓練しなければ、(しかも本気で訓練しなければ)ダメだと感じた。

    2)農業

     自給自足に挑戦したい。と、思う。もちろん、荒れ果てた小さな畑をひとつ持っているだけじゃ、自給自足なんてできっこない。だけど、作物を育て、食べ、生きることを実感したいと思う。引退した父親と一緒に畑作りに取り組む予定だ。

    3)小説を書く

     一人一人が元々持っているクリエイティビティを認め、活かす社会にしたいと思う。じゃあ、僕がどんなクリエィティビティを持っているのか。と問われたら、まだよくわからないけど、文章を書く。ということは好きだと思う。「文章を書く」を飯のタネにしたい。と思いつつ、挑戦しないまま随分長い時間が過ぎてしまった。何か、自分にとって大切なことを見つけ、それにチャレンジしたとしたら、少なくともゴールの半分は達成していると思う。見えない恐怖とか、不確かな安全に頼って、多くの人はチャレンジしないんだ。
     チャレンジすること自体はそんなに難しくなくて、簡単なこと。そして、その簡単なことをやるだけでゴールの半分は達成されてるよ。ってことを証明したい。

    4)本を読む

     いつの間にか、週に1冊ぐらいのペースになってしまった。むさぼるように本を読み、知識を吸収したい。人は、その気になれば人生の中で多くのことを知ることができる。しかし日々の忙しさに負け、知る努力を怠ってしまう。

    5)ブログを書く

     自分が考えた稚拙なことを、少しずつでも発表していこうと思う。

    6)会社を作る

     会社を創ることは簡単だ。ってみんな言う。本当にそうなのか?「会社の作り方」って本を読んでその通りにやれば、会社は作れるのか。ひとつひとつ調べてやってみようと思う。究極的に言うと、経営したことのない人が、経営者を批判する資格はないんじゃないか。とも思う。

    7)価値があるけれど、お金にならないことをやってみる

     価値があるけれど、他のことに時間をかけたほうが金銭的な面でのリターンが多い場合、組織の中にいたら取り組めないことが多い。個人でやるからこそ、自分自信、「価値がある」と感じたことに時間を割いてみたいと思う。

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    なんか、まとまりきらないけど、またおいおい書いていこう。
    明日は、小説の処女作の概要について書けたらいいな。

  • 本日、全社会議の場で、12末での退職を発表した。
    7月には決めていたことだけれど、皆の前で話すのははじめて。
    これから1年間は、畑を耕しつつ、小説を書く予定。晴耕雨読だね。
    道は甘くないだろうから、期間を決めてチャレンジする。

    それと、親しい人からもし何か仕事を依頼されて、僕が力になれるようだったら全力で協力しようと思う。
    何事も経験になるし、着想につながるから。

    それにしても、社員として7年間。インターン生として出会った期間から数えると、10年以上の長きにわたり、ジョブウェブには本当にお世話になった。素晴らしい会社だと心から思う。素晴らしい「場」を離れ、小説家として道を歩もうと考えたのは、心の声に従ったからなのだけれど、その意志決定のきっかけとなる出来事をひとつひとつ振り返っていこうと思う。

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    はじまりは、今年の4月か。社会人のキャリア支援を行う事業部の責任者になったとき、最初に外部環境の分析を行った。そのときに、最も考えさせられたのが次のデータだ。(現在は僕が行うセミナーの小ネタになっている。)

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    ・リーマンショック前の10年間で、企業の経常利益は28兆円から53兆円に増えた。
    ・一方、従業員給与は147兆円から125兆円に減少した。

    この事実から考えられることは何か?
    次のような意見が出てくる。

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    僕個人としては、二極化が進んでけしからんとか、政府しっかりせよ。とかいうつもりはあまりない。ムダを省くことによって、一時的な利益を生み出すことは出来る。そしてもちろんそれは必要なことだ。しかし、コストカットによる利益創出には限界がある。その後更に成長を続けるつもりであれば、新たな価値を創造しなければならないし、そういう人材が増えていかねばならないと思う。

    過去6年間の間にソニーは大規模なリストラを3回実施している。最後のリストラは昨年のリーマンショック後に発表されたもので、リーマンショックが起こる半年前には5000億円の利益を計上し、高らかに復活を宣言していた。しかし、その復活宣言の源泉となったのは、2度にわたる大規模なコスト削減によるもので、新たな価値を創造した故の復活とは言い難かったことが見て取れる。ソニーを引き合いに出したが、戦後日本を支えてきた大企業の多くが同じような状況に陥っていることはいうまでもない。

    多くの人がなんとも表現しがたい人生の閉塞感のようなものに囚われていると思う。
    足るを知り、自分の手が届く範囲で生活を守るのもいいが、それが出来ない時代になってきているとも思う。
    最終的には新たな価値を創造しなければ、人が人らしく、イキイキと働ける明るい社会は訪れないのではないか。

    そんなことを考えるようになったのが、最初のきっかけだった。