• 小説家への道 13.11.2009

    2009年の年末に7年勤めた会社を辞める。学生時代にインターンシップ生として働いていた時期もあるから10年以上付き合った会社と別れ、32歳で新たな挑戦を始めることにする。

    挑戦する職業は「小説家」

    正直、その才能があるかと言われれば、自信がない。
    さまざまな小説を読むたびに、自分にできるのか。という疑問が沸く。
    まぁ、それでもやらないでいると後悔するばかりだから、期間を限定して徹底的に取り組んでみようと思う。

    ブログを書き始めたのは、元来怠け者の自分を叱咤激励するためだ。
    会社では、日報や会議や目標があって、時には不平や不満があっても、管理してくれる人がいた。いるときはつらいものだが、いなくなってみるとありがたかったかな。とも思う。

    他にも同じように、小説家を志す方もいるかも知れないので、本日はfukuiが取り組んでいるトレーニング方法を紹介しようと思う。



    トレーニング、これは大事だ。社会人として仕事をするにあたって、基礎の重要性はイヤというほどよくわかった。自分にはできないと思うほど単調なこと、つらい作業であっても、やり続けてくるとできるようになったり耐性がついたりするから不思議だ。

    最初に入った会社では、一日に100本テレマをするという研修を行った。正直言って、電話がかかってきたほうにとっては迷惑だったと思うが、相手のことを考えて話す訓練になったし、社会人と電話で話すことに対する恐怖感が多少薄れたのも事実だ。本気で小説家を志すのであれば、こういった、基礎トレーニングをおろそかにするわけにはいかない。

    まぁ、今まで述べてきたのはかっこいいほうの理由だけれど、かっこ悪いほうの理由も述べる。さまざまな「小説家を目指す人のサイト」では、最初にやることとして、

    「小説のプロットを書く」

    と書かれていたのだ。fukuiもそれにならって、小説のプロットを書こうと思って机の前に座ってみたのだが、正直何も思いつかず、何も書けない日が3日ほど続いた。「小説家になる!」といって会社に退職の意向を伝えたのに、このような状況では、正直かなりまずい。

    そこで、まず基本に立ち返り、トレーニングから始めることにしたのだ。
    fukuiが考えたトレーニングは現在のところ下記の3種類。

    1. 毎日原稿用紙1枚分は必ず文章を書く。
    2. テーマを決めて、短編小説を月に一度書く。
    3. 小説を週に1冊必ず読む。

    12月末までは、勤め先の残務も少々残っているのでこのペースでいくが、1月以降はペースを上げ、トレーニングのバリエーションも増やしていこうと思う。ただ、まずはこの3つのトレーニングをしっかりこなすことが何より重要だ。

    1)毎日原稿用紙一枚分は必ず文章を書く。

    これは、既に名の売れた多くの作家の方が実践されているトレーニング方法。辻仁成さんだったか、誰かが「僕はどれだけ酔って帰っても、必ず机に向い原稿を書くようにしているのです。」というエッセイを書いていて、それが、「毎日机に向かう」というトレーニング方法との出会いだったと思うのだが、この方法が確信に変わったのが、「王家の風日」でデビューし、今は押しも押されもせぬ、歴史小説家の第一人者となった、宮城谷昌光氏の文庫版あとがきに書かれた一文。

    —- 以下、引用 —-

    小説家として立ちたいと願いながら、三十歳をすぎても、わたしには一冊の本もなかった。作品をそこそこ発表しているのに、出版社からなんの声もかからないのは、自分の作品に魅力がないからだと心の底からおもえるようになったのは、やはり三十歳を過ぎてからであった。(中略)

    わたしをはげましてくれたものは、立原光代さん(立原正秋夫人)のお書きになった『追想』のなかで、立原正秋さんがデビューなさるまえに、二千枚の原稿のストックがあったという事実である。

    ― 自分もそうすべきだ。

    と素直に思った。二千枚の原稿のさきに道はひらけるものだ、と信ずれば、これから書く歴史小説が駄作であろうとかまわない。
    ずいぶん気が楽になった。

    ― 一日一枚書く。

    ということも決めた。

    そうして作られた、宮城谷氏の「王家の風日」は自費出版しようとしていたところ、かつて勤めていた会社の上司が、自らその作品を世に送り出すために会社を立ち上げ、500部だけが刷られた。その会社は出版後、休眠会社となるが、刷られた500部が司馬遼太郎氏のもとに届き、激賞され、世に宮城谷氏の名が広まることになるのである。

    僕もやるのであれば、この一日一枚書く。というところから始めねばなるまい。

    2)テーマを決めて、短編小説を月に一度書く。

    この着想のもとになったのは、村上春樹氏の「カンガルー日和」を読んでからだ。カンガルー日和には原稿用紙にして8~12枚程度の短編がいくつも詰まっている。そしてそれらは、短いながらも確かに村上春樹なのだ。

    とにかくビジネスの世界では文章を簡潔に、論理的に書くことを要求されてきた。もちろん、小説であっても簡潔に、論理的に書かなければならないとは思うが、「簡潔さ」の意味は異なる。時には、その描写が必要であれば、村上龍のように髪をかきあげるしぐさを書くために、3行ぐらい書かねばならないときもあると思う。

    いざ小説を書こうと思った時に、いくつも壁に直面した。プロットが描けない。というのもその一つだが、それ以外にも「女性の心理描写ができない。」「自分のイメージ先行してしまって読者に情景を十分想像させることができないうちに、次の場面に移ってしまう。」などの問題だ。

    だから、プロットが簡単でよい短編で、「女性の心理描写をする」「風景を描く」といったテーマを決めて、短編を書いていこうと思う。短編というか習作だ。最初は原稿用紙4枚程度からはじめて、次は8枚、16枚。32枚と増やしていく。128枚まで増やすことができたら、芥川賞の候補にだってなれる。(条件だけであれば。)現在のところ、8枚ぐらいまでの作品まで書いているから次は16枚だ。


    3)小説を週に1冊必ず読む。

    インプットのために読む。高校まではあれほど読んだ小説も、大学に入ってからの14年間というもの、政治と経済とビジネスに関する書籍しか読まなかった。ビジネス書だけは100冊、200冊と読んだ。おかげさまで、ドラッカーやクリステンセン、三枝氏や三谷氏、野中氏などの本当に素晴らしいビジネス所にたくさん巡り合えた。しかし、渾身の傑作に出会う可能性が年々減っていき、ビジネス書コーナーに並ぶものは、素晴らしい内容の古典を焼きなおしただけのものが多くなってきた。それ以上に、「ブックマーケティング」効果を狙った、まがいものが増えてきているとも思う。

    けれど、たくさん読んだからこそ、良書がわかるようになったとも言える。だから、小説も1年間に52冊は読む。僕は本当に読むのが遅い。けれど、週に一冊ぐらいだったら読める。このペースを守り、しっかり感想をまとめていく。そういう活動をする。

    以上が、今のところ自分なりに編み出したトレーニング方法だ。
    効果を表すかどうか。それは、このブログでおいおい更新していきたいとおもう。

    Posted by fukui @ 12:26 AM

  • 2 Responses

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    • 熊谷豪 Says:

      ご無沙汰しています。ライブレボリューションの熊谷です。
      今年始めの新年会ではお世話になりました。ブログいつも拝見させていただいております。

      会社辞められてしまうのですね。
      またあのような場でお話できないと思うと残念です。お時間があればまたお話できればと思っています。

    • fukui Says:

      熊谷さん コメントありがとうございます。
      すっかりご無沙汰してしまって申し訳ございません。
      お世話になった皆さま方にはきちんとした形でごあいさつせねばと思いつつ、私の悪い癖で気の利いた御挨拶文を書こうとしている間に時間ばかりがたってしまっております。

      「働くということ」「幸せに生きるということ」「個人にあったワークスタイル」というテーマはたぶん一生追い続けていくと思います。私自身が、常に雇われの身で働いたことしかなかったので、一度組織を離れてみて、その感覚を味わってみたい。と、今は考えております。

      今後も引き続きよろしくお願いいたします。

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