ホーム > ビジネスで社会問題を解決するブログ > BOPビジネス概論:市場を開拓する人材要件 その2

BOPビジネス概論:市場を開拓する人材要件 その2

    その1:はじめに
      その2:市場の特徴
        その3:ターゲット市場の特定
          その4:マーケティング・ミックス 1  
            その5:日本企業への提言
              その6:市場を開拓する人材要件 1 



BOP市場に関する一連のエントリもいよいよ最終回となりました。
新興市場を開拓するために必要な能力を結論から述べますと、

現地の文化や慣習を理解し、ビジネスに活かす力

であるといえます。様々な経営手法も、現地の文化や慣習を理解せずに導入しようとすると、思ったような効果を発揮せず徒労に終わります。一方、現地に関して詳しい理解を得た後で、それを業績向上につなげるように活用することが出来れば、驚くほどスムーズにビジネスは走り出します。

必要なことは、欧米風・日本風のやり方を押しつけるのではなく、現地にあわせたやり方をともに作り上げることです。

この感覚は、勤めていた都市部の大企業を辞め、見ず知らずの一地方都市でゼロからビジネスを立ち上げる行為に似ています。すなわち、

  • ビジネスに対する考え方、価値観が異なる人々ばかりがいる環境。
  • これまでの立場や実績、ネームバリューが通用しない環境。


このような環境下でビジネスを立ち上げ、形にしたことがある人であれば新興市場でも成功する確率は非常に高いといえます。

実際には、ひとつの組織に長くいると、その組織固有の考え方や価値観に染まっていき他の考え方や価値観に排他的になってしまう場合も少なくありません。また、組織のマネジャーはリーダーシップではなく、立場や実績、ネームバリューのみで組織の構成員を動かしている場合も少なくないと思います。

新興市場で新たにビジネスを立ち上げ、成功させるには、今まで築き上げてきた価値観や立場、そういった自らの依りしろとなっていたものを一度リセットする勇気と、新たな環境や多様性を受け入れ、活用する姿勢や訓練が必要になるといえるでしょう。

ケースドラマ:新興国の市場開発


ここに一冊の本があります。プロが教える問題解決と戦略スキルと題された文庫で、相葉宏二氏の手により2003年に刊行された日経文庫です。

2003年といえば、中国の躍進が目覚ましく、1990年代から続く日本企業の中国進出ブームを経て、中国進出に成功した企業とそうでない企業の違いが鮮明に見え始めていた頃です。この本でもそのような時代背景をもとに、冒頭で中国に進出したはいいが、その後の展開に苦労する日本企業の姿がケースドラマとして描かれています。

簡単に内容を紹介したいと思います。

日本の大手電機メーカーであるY社は中国広東省のパートナーと白物家電の基幹部品を生産する合弁会社を設立した。社長として現地に赴任したのは北村氏。現地パートナーから副社長として派遣されてきたのは張氏。合弁会社はY社として初めての試みではあるが、北村氏は日本の本社と密に連絡を取り、了解を得たうえでものごとを進めていくことが出来れば、時間とともに日本的経営と生産システムの良さは浸透していくだろうと考えていた。

立ち上がりは順調で、生産・営業ともに短期間で大きく拡大した。北村氏は事業の拡大とともに自信を深め、生産から営業等の分野への関与を深めていった。具体的には下記3点を提案する。

  1. 歩合制で動いている営業担当の固定給割合を高める
  2. 人事、購買、財務に対しての詳細な報告
  3. 購買面での不正、リベート支払いの停止

以上を求めたが、張氏は北村氏が現地のビジネス慣行を分かっていない。と北村氏の提案をはねのける。二人は表立って対立するようになり、北村氏のもとにはいつしか正確な情報すら入らなくなってしまった。

そうこうしているうちに、営業担当が強引な拡販を続けた結果、支払い能力に乏しい企業との付き合いが増え、資金繰りに苦労するようになった。同時に、中国に展開する日本企業からは納期と品質が不安定という理由で、取引を停止されるケースが増えてきてしまった…


このような感じの内容です。

書籍の中では北村氏に代わり海外経験が豊富な新代表が派遣され、合理的な思考と柔軟な対策を実施することによって、見事立て直しに成功するというストーリーが描かれます。フィクションではありますが、このショート・ストーリーは当時の日本企業の多くが直面していた問題を一般化したものであり、日本企業が新興国やBOPといわれる市場に進出する際に抑えておくべき多くの学びが内包されています。


足りなかったものはなにか


さて、北村社長に足りなかったものは何なのか考えてみたいと思います。

このケースドラマで面白いのは、北村社長の3つの提案には、きちんとした根拠があり、一方的に非難される内容のものではないことです。以下に、北村社長の提案と提案の根拠、そしてそれに対する中国側の反論を整理してみました。





この図をみると、北村氏に足りなかったものが何か見えてきます。この事例からは、北村氏に

  • 現地の文化、社会、商慣習への理解の不足
  • 現地の文化、社会、商慣習を踏まえた上での解決策の立案能力の不足
  • 経営に関する意思決定能力

といった能力が不足していたことが見てとれます。

商習慣への理解の不足が、日本的な経営(=北村氏が学んできたやり方)の押しつけにつながり、それが不信感や反発を招きました。また、細かく本社に報告して意思決定を自らがしないやり方も、経営スピードの低下とリーダーシップに対する不安を招いたと言えます。

北村氏に現地の商習慣や価値観についてアドバイスすべきガイドの存在が不足していたことも問題を悪化させた一因と言えるかもしれません。

いずれにしても、北村氏は将来起きうる問題をある程度予見していたにも関わらず、文化や商習慣への理解と応用する能力が足りなかったために、下りのエスカレーターを駆け上がるはめになってしまったのです。


新たな市場を開拓する人材要件


さて、このケースドラマで、北村氏の代わりに派遣されてきた代表は、現地の商習慣や価値観を理解したうえで、それを業績向上と問題解決につなげるような柔軟な策を次々とうっていきます。例えば、

  • 歩合給を売上ベースではなく、代金の回収ベースで行う。
  • リベートを公に認めた上で、実態を記録し、金額の適否を判断する。
  • 生産ラインの人材評価を改め、引きぬかれやすい職能の人材には高給を提示。
  • 不正を行った人材には例外なく処罰する。

といった具合です。問題を解決し、成果をあげることで、現地の人材の信頼を得ることもでき、経営がどんどん良くなっていきます。

フィクションではありますが、このケースドラマには、新興市場で成功するために抑えておかなければいけない要素が数多く盛り込まれています。

北村氏は、固有の文化や商慣習を持った国に対して、それを理解する努力を怠ったまま、当時エクセレントと言われていた日本的経営のやり方を導入しようとして失敗しました。これは、日本的経営ではなく、欧米的な経営のあり方(MBA的合理精神とでも言えばよいだろうか。)であっても、それを押しつける形であれば失敗することを暗示しています。

ますます多様化が進む世界、組織、人を相手にするビジネスパーソンに求められるのは、多様な文化や社会、価値観への理解とそれをビジネスに活用、応用する力です。実際には、

多様な文化や社会、価値観へ理解を示す人は、ビジネスに対する興味・関心が薄く、
ビジネスに対する興味・関心が高い人は、文化や社会、価値観に対する理解が乏しい。

というケースも多いかもしれません。

人材開発担当者は、

  • ビジネス上の知識や実績を積んでいる人には、多様な文化や社会、価値観に対して理解を深める機会
  • 多様な文化や社会、価値観に対して理解を示す人には、ビジネス上の知識や実績を積む機会

といった使い分けが必要になってくるのではないかと思います。

以前のエントリで紹介したサムスンの地域専門家制度は、年間約200人の若手社員を各国に送り込み、地域に精通させることを目的とした制度で、最初の1年間は仕事上の義務はなく、言語、文化、風習を学ばせることに集中させ、現地でのコネクションと新興国に精通したビジネスパースンをつくるために考え抜かれた制度といえます。こういった取り組みを1990年代の前半から行っている点が、今のサムスンの躍進を支える一助になっていることは間違いないと思われます。

—-

さて、最後に2枚のスライドを紹介します。
わたしたちGIFTの代表であるチャンドランがまとめた資料です。チャンドランは新興国でビジネスを成功させるために必要なスキルを総称してソフトスキルと読んでいます。

本来であれば、ワークショップを通じて直接チャンドランから学ぶのがもっとも効果的と感じますが、ここではスライド資料のみご紹介させて頂きます。(クリックで拡大表示)

マネジャーに求められるソフトスキル


なぜ、多くのプロジェクトが失敗するのか




終わりの言葉にかえて


最後にひとつ、新興国でビジネスを成功させるためには根底に、

利益は現地を豊かにした後についてくるもの

という基本姿勢があるべき、ということを加えさせて頂きます。現地の人々に購買力がなければ、自社の商品を流通させようとしても必ず壁にぶつかります。

  • 現地に仕事を創りだす(新興国に生産工場を築くなど)。
  • 商品の購入が、直接的に現地の人々の収入向上に役立つような製品・サービスを提供する(漁師への船外機販売や、自営業者に対してのバイクや自動車販売など)


といった形で現地の購買力を高めることからスタートする方法は現地への理解を深め、将来のビジネス展開の布石をつくる効果的な手法といえます。一方的にメリットを提供する寄付のような形ではなく、相互にメリットを享受しあうスキームを築くことが大事です。どうやったら現地に新たな仕事を創りだすことができるか。現地の人々の収入を上げるにはどうしたらよいか。という視点からスタートするのも、新興国でビジネスをすすめるためには効果的だと思います。

最近は、BOPという言葉が独り歩きし、人々の購買力がまだ小さいにも関わらず、夢の市場があるかのような記述も少なくないと感じます。将来伸びる市場であることは間違いないですが、だからこそ慎重・確実にじっくりと取り組むことを提案したいと思います。




福井信英
福井信英(ふくい・のぶひで)
慶應義塾大学商学部卒。株式会社ジョブウェブの事業部長として、数十社の採用コンサルティング及び、各種リサーチ、教育研修コンテンツの作成に取り組んだ後、独立。
現在は著述業ほか、複数のソーシャル・プロジェクトの実行を手掛ける。

個人blog: 人と組織とfukui’s blog http://fukui.livedoor.biz/
東洋経済オンライン連載コラム: 学生時代の学び方 http://bit.ly/5j7iFV


    Trackback URL

    コメントを投稿する

    最新記事

    2011年6月15日“The Social Intrapreneur “~欧米では次々にソーシャル・イントラプレナーに関する論文が発行!!
    2011年3月4日【セミナー・レポート】2011年2月26日ソーシャル・イントラプレナー養成講座
    2010年8月16日“The Social Intrapreneur – A Field Guide for Corporate Changemakers”: Social Intrapreneurに求められる特徴・スキルとは?
    2010年5月28日BOPプロトコル その2 事前準備の段階
    2010年5月19日BOPビジネス概論:市場を開拓する人材要件 その2
    >>ビジネスで社会問題を解決するブログ一覧